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ONEonONEヘアサロン suffcuts の bosscuts のブログ

長野県東御市にあるDO-S&ハナヘナ専門ぼっち&おしゃべり&おせっかいヘアサロン ・ 人生、恋愛、歴史、経済、宗教なんでもござれダメージヘアを語る隙間にアナタのその日のキモチさえケアしてしまうよと豪語してはばからない恥知らず似非心理マジシャン(自称)スタイリストbosscuts の販促ではないでも集客目的ではあるのかもしれない本気かよ、ってつまりごく個人的欲求の吐き捨て場へようこそ ・ No! Treatment! がモットーだからツヤツヤサラサラとか馬鹿なことは言いませんから

裏切る期待

おはようございます。

一週間の始まりは日曜ですか? 月曜なんですか?

日本語的には ”げつかーすいもくきんどーにち” な感じがリズムが語り的ハマリにも表現的マスな感じにおいてもスタンダードな気がしないでもないのですが、例えば学校教育日本の学習教育的には ”さんでまんでちゅーずでーうぇんずでーさーすでー” 的な感じ刷り込み式な感じであることも記憶に憚りないところではあるのではてどうしたものかと。

 

個人的には、ウィークエンドは ”にちようさんでー” なワケです。

月曜定休日ですから、当たり前。

一週間お疲れ様でした明日はお休みですよ、っていう日曜日の存在意義の方が正にお休み月曜日よりもはるかに価値ある意義深い曜日であることは人情的にも道理的にも否定しづらい事実な気がしてしまうわけで否定する気もないワケでつまり、個人的には "げつかー……” 派ってことで了解しとこうかな、しかもあえて言うなら日曜日がアタマにきてしまうなんだろう、"先払い感” みたいな割り切り型の了承とでも言いましょうか、設定済んでますからあとはキマリ通りによろしく、みたいな殺伐として丁寧なるコミュニケーションの手抜きとか軽視的油断的不和のようなものを警戒したくなるんですよねとか何とか朝っぱらから。

 

 

今日は火曜日だっつの。

 

 

予約ないし、やる気もしないので午前中サボろうって、ムスメちゃんを学校に送り届けたそんな帰りの足の最中決断しました。

こういうときって、真面目ぶって出勤してもいいことないから諦めることにしてますそんな性格。

真面目に努めたからって勤めたからって望むべく結果を得られるばっかでもないのが自営業というものでクソみたいなもので、要するに例えば盲目的に頑張る的な精神のあり方を個人的にはあまり信用していないしそれを咎めたがる何らかの効果とか威力があるのだとしたら、そんな性格の悪さをひけらかす以前に世の中のあり方をもっとシンプルに溌剌としたものであるべき効果を生むべく威力を存分に振舞っていただきたいものだと所詮他力本願っていう商売人の根本みたいな性質をあからさまにあきらかにしてしまうもむべなるかなと。

 

 

今日ももりもりスーパーフードとか食ってますかー。

ミドリムシ最高とか積極的食糧難願望せっせと晒してますかー。

 

ミスドが久々の値下げ。

クリスピークリームが大量閉店。

なぜドーナツのハナシばっか。

 

そんなことより近頃レイコップの宣伝見ないよねとかルンバって猫のオモチャだよねとか何とかヨガの集団が朝っぱらから公園占拠して白湯飲んでデトックスとかセレブ大好きチアシード今年の秋はMA-1と甘辛ミックス三日も経つけどおがくずの燃焼実験やら白熱灯の時代錯誤煽るとかでも流行りの外国人モデルは年収9億だとかってお節介な情報さえ朝っぱらには必要なんでしょなにが必要でホントでこうかてきな事実なのか、それを決めるのは所詮見る者知る者知った気にさせられるものってことのかもしれないけれどつまり何なんですか結局例えばわたしの身の回りにはそんなもん何一つありませんてば何事なく生きてますってば不自由なく不便なく。

 

 

きのう、ムスメちゃんのスマホを新しくしました。

4sを長らく使わせていたのだけれど、いよいよ不具合甚だしくなってきたっつことに加えてタイミングよく叔父から5sが転がり込んできたのでってつまりそんなことの次第。

所詮あたらしくないっていう現実。

 

「新しいものをご購入いただいても費用かわりませんよ」

 

で、7購入。

叔父の思いぶっ飛ぶの巻。

”画面大きいほうがいいなあ、って”

JKにとっての価値なんてそんなもので、叔父の思いは2インチ3インチの違いに完敗を喫するワケです。

 

わたしは所詮薄情なので、”わがムスメながら、つまらん女だ” と普通に思ったわけです。

子育て失敗。

ムスメちゃんにしたら、災難なことです。とんだあてコスり。

わかってますってば。

 

どうせ同じ金額払うなら新しいほうがイイにきまってるじゃんか。

そうそう、その通り。

同じ金払って、"本当はアッチのがよかった” なんて顔されんのは所詮不愉快じゃないですか、だから金払うばっかのわたしはムスメちゃんの意思に従ったんじゃないですか。

”つまんねえ女” ってくらい思ったって勘弁してくださいってばこれからどれだけのお金払うと思ってんですかけち臭いとか言ってるただのかっこつけのクソなんか死ね。

 

 

人と違うヤツがいい。

カブらないやつがいい。

ニューバランスの旗艦店が出来たって話題でもインタビューされてるどっかの人が言ってたっけ。

行列と人混みの中でもって。

 

 

信者とかフォロワーとかって全肯定型の思想でこそもてはやされる近頃の仕組み例えばSNSだとかってつまり同じはイヤとか言いながら所詮集中したがる群がりたがる有り様の不可解さって全く正常に違いないんだからだからこそ世の中は見せびらかすばっか欲しがるばっかであるべきなんだな多分。

 

古臭かろうが科学的に不利だろうが鈍感そうで醜かろうがわたしはどっちかったら晴れた日にベランダで布団干すそういう手続きとか面倒から生まれる満足とか精神衛生こそを信じたいんだしお日様の香りとかって喜んでいたそのニオイは紫外線に焼かれたダニの死骸のニオイですとかくだらない見栄ばっか吐きたがる馬鹿はさっさと火星に逃げ込んで人口太陽で日光浴でもしてろ受け売りのチンピラインテリがしゃらうるせえんだよ黙ってろって思うんだし所詮金出して手に入れるばっかのモノに対して他人に対する優位な差別ばっか欲しがるクソ低レベルな自己顕示欲とかアホかと思うんだしだからこそボロクサイ4s使ってる姪っ子見るに見兼ねてお下がり差し出してくれた叔父の気持ちよりちょっとばかり画面がでかくてクラスのみんなと同じでただ新しいだけの機種持ちたがったムスメちゃんのクソ退屈で所詮年頃そのまんまっていう平凡な価値観をつまらないって思ったってそりゃ当然でしょってそんな性格の悪さ隠す気なんてさらさらないですし。

 

 

ずっとiphone使ってます。

なんだかんだっつっても所詮わたしこそ軽薄日本人。

ちょうど今月の末から更新月になるのでキャリア乗り換えようと思ってます。

格安方面でも5sとかあるのでほぼそれでキマリってつもりでいます。

丸くなったiphoneが何しろ好きじゃないってそればっかです。

 

で、ショップの窓口で系列の格安スマホの見積もり出してもらったんですけど、おどろいちゃったんですよ。

同系列からの乗り換えは他社からの乗り換えより高くなるんですって。

 

 

驚いちゃったなー。

 

 

既存のお客さんより新規のお客さんの方が安くてお得ってどっかのサロンの広告みたいじゃんか。

まあ、サロン業界ではむしろありがちなハナシっていったらまあそうなんですけど。

だからって、個人的には ”何それ” ってずっと思ってたわけなんであって。

 

 

対応してくれたスタッフさんはとても丁寧な方でよく相談にも乗ってくれて全く問題なかったです。

でもわたしなんかどうせもっと条件に見合ったトコさがして乗り換えてしまうんだし、つまりそれって経営側の戦略の結果なんであって、最前線で対応してくれたスタッフさんの感じの良さだとか熱心さとは別問題なんだと思ってます。

つまりお金を払う立場のこちらがなぜ呵責さえ思いつかなければならないんだろう、って対面飛び越えたトコにこそ厄介な気分思いつくとか。

スタッフさんがもっともっと何かしらに効果的であったなら、わたしは居残りを決意してしまうんだろうか。

それもそうと言えばそうなのかもしれないのだけれど、個人的にはお客の立場としてそこまで求めたがりたいとは思えないです。

あくまで結果として偶然みたいに結びつくものでさえあればいいというか、方針とか企みで実現できるものであるべきとまではやっぱり思えないというか。

 

 

体によくてセレブが愛用していて自然よりも正しくて手間が掛からなくてお金でカタがつく。

 

そういう期待や失望がさせることが暮らしで経済で世の中であるっていうなら、やっぱりわたしなんか "やる気しない” ってそればっかを理由にお店なんかサボってしまったって後悔すら思いつきようもないです。

 

行きたかったけどやってなかったから他のお店に行った。

それはそれだけの関係ってことだし当然でさえあるワケなんだし、たまたまそういう関係でしか価値でしかなかったって思うしかないんだし、だからってみんながみんなそうなのかっていったらそうでもない人もちゃんといてくれるワケで、”きのう電話したけど出なかったよ” って次の日に面と向かって不便だったことを打ち明けてくれる方はちゃんといてくれて、わたしはスミマセン気が乗らなくてサボってました、っていつもより余分にマッサージしてみたりとか誤魔化しながらそれにしても裏切れなさとか誤魔化せなさとかをようやく自らに言い聞かせるのかもしれないんだし、”他でもいいや” っていう当然過ぎる有り様さえも当然として諦められる具体性さえも自分に言い聞かせたいって所詮思うのに決まってんです。

 

 

あまり正しい感じしない考えなのかもしれないんだけど、それを突き詰めてみたところで何かしらの筋が通るほどこの世の中は一途ではないのだろうし、個人的にもそんなことまで期待して過ごしたいとは、そんな愚直さばかりで生きたいとはやっぱり思えないです今のところ。

不真面目ではなく、けれどもっともっと限定的に、裏切れないと思えるものを信じたいと思えるものをぎゅっと煮詰めていきたい選りすぐっていきたい。

そういう存在こそをもてなしていきたい振舞いたい。

 

わたしにも信じたいものとか同意出来るモノはもちろんたくさんあるのだけれど、それにしてもそこに現象のように群がるばかりのモノを見ているうちに所詮濁り出してしまうものとか曇り出すものを思いついてしまうと、ごく個人的な意欲とか信望さえ否定したくなってしまうつまり反作用みたいのとかけっこうキツいです。

みんなが懸命であるのに、そんな有り様さえただの行列に見えてしまうのはのどかに見えて否定ばかりを思いついてしまうのは単純に個人的思想の自殺とか自虐とか単純に甘さとか逃げでしかないのだろうし所詮本気でないとかへしおれるような気持ちばかりをおもいつかずにはいられないのだし、例えばツイッターだとか、選び取れるばっかの情報の明るさとかそんな栄養過多とか積極的偏食だとかって現代の効果的不健全に一抹の不信を投じたくなるとかそんなサボタージュ

クソみたいな有り様。

 

 

自分自身こそが信じられないなんてことは人生における大いなる生意気とか自惚れに違いないから、さて、そろそろお店に行くとしましょう。