ONEonONEヘアサロン suffcuts の bosscuts のブログ

長野県東御市にあるDO-S&ハナヘナ専門ぼっち&おしゃべり&おせっかいヘアサロン ・ 人生、恋愛、歴史、経済、宗教なんでもござれダメージヘアを語る隙間にアナタのその日のキモチさえケアしてしまうよと豪語してはばからない恥知らず似非心理マジシャン(自称)スタイリストbosscuts の販促ではないでも集客目的ではあるのかもしれない本気かよ、ってつまりごく個人的欲求の吐き捨て場へようこそ ・ No! Treatment! がモットーだからツヤツヤサラサラとか馬鹿なことは言いませんから

今日もいないらしいわ

先週末は忙しくさせていただいてありがとうございました。

ひとりで出来る仕事量は限られてしまうのでお断りしなければならないタイミングもございますが、何のことないです、ホントにそんなことたまーにあるくらいのことですから、もう一度お問い合わせいただいければ ”ヒマで死にそうですっ、いつでも出掛けて下さいっ” ってせっかくお問い合わせいただいたお客さんを不安で引かせるくらい隙間だらけな感じとか余裕で見せびらかしますのでどうぞよろしくお願いします。

 

とか言いながら、今週はお店をほっぽりだして外部の仕事がたて込んでおります。

お店におりません。

 

やる気あんのか、と。

 

 

何言ってんですか、ありますとも。

ありまくりなのに所詮ヒマなもんだからえーいって投げ出しちゃうのに決まってんじゃないですか。

ないなら取りに行く。

たくましいですな。

嘘です。たくましくないと死ぬからそうしてるだけですほっといてください。

ご不便をお掛けしてしまう際には何卒ご容赦いただきたく。

 

17時以降はお店におりますのでお問い合わせはそんな際に頂きたくお願いいたします。

ひどい商売で申し訳ないです。

 

 

わたしたちの商売って所詮見せ物みたいなものですから、楽しげであったり魅力的な感じであったりお得そうな感じであったり新しそうな感じであったりそもそも上等そうな感じであったりとつまり、お客様の期待感みたいなものに如何に応えられるかそんな雰囲気を醸すか実際にその通りであるか、みたいなとこのせめぎ合いであって、要するにそんな一つ一つについて如何に発信力影響力を持てるかみたいなところが鍵らしく、それはお客様側からの判断の専らの基準でさえあるっぽい、と。

 

なげーなー。

 

 

”厳選したなんとか” とか、”こだわりのなんとか” みたいな感じがとうとう大嫌いな感じのわたくし、つまりウチばっかとか他所よりこっちのがイイとかって感じをもって集客を企む感じを全然有利と思えない効果的と思えない我ながらのちっさい感じを一体この先どうしたものか、と時折ではなく考えたりするわけです。

 

ウチにもこればっかってオススメのものであったり、こうしなければ一先ずシャレにならんみたいなアプローチであったりと、そんなモンは確かにあってだからこそせまっちい商売でへろへろ頑張っているわけなんですけど、それってたまたま知ってしまったからであって自分にとってシックリきてしまっただけだからであって、なにも自分がそれを考案したわけでも探り当てたわけでもなく、ただ勉強させていただいて経験させていただいて納得みたいな心持ちさえ頂いたような気がしているだけで、例えば特許的な事実であったりそんな心意気程度のものさえ全然無関係っていうかせめてなら ”知ってる” とか ”やってる” ってことばっかに他ならないわけだと自覚しているわけでつまり、自分ごとみたいに誇ってしまうのって諺とかでいうとこの ”他人のフンドシなんちゃら” みたいな胡散臭さ思いつかないでもないよな、なんて全く将来性ゼロみたいな無駄な潔癖というか羞恥心みたいなもんばっか思いついてしまうんですな。

 

”やってるけど、知ってるだけだから”

 

そうやって多分わたしなんかわたしこそのバランスで持って信じていきたいだけなんであって、手元にあるものを、仕入れてきた教わってきただけに過ぎないものを全能の神みたいに語って商売すんのとかメンドクセエなっていうか胡散クセぇな恥じらい感じちゃうぜ、なんてそんなショボさでもってそれにしてもそれしかねんだけどもよ、くらいのつもりで貫くのがほぼほぼ自分らしいやり方なんじゃないのかと、そんな面倒臭さこそを例えば自分が思う品性だとかってあるまじき単語さえ引っ張り出してそんなもんこそを自分の発明とか思い付きみたいにこっそりたくましく誇りながら行きたいと生きたいと。何言ってんだかわかんなくなってきた。

 

 

つまり、頑張り方、とかそんな感じのことだろか。

 

商売でありながら、企むことにアホらしさみたいなものを禁じえないわたしなんかは自分の生理みたいなモンが許す方向にただそのつもりで進みたいとかそんな自惚れかよと。

 

頑なとか字面こそなんとも正しそうだけど、時代はそんなもんとっくにはなで嗤ってる気がする。

全部が全部とは言わないし有無を言わせないつきぬけた存在ってどんな分野にもあるものだけれど、そんなものさえ今の世の中のほとんどは情報として崇め奉られる段階を通さないと目に留めることさえないような感性でいるものだし価値観でいるのがほとんどなのだから、その気のないものに対して貫きたい頑なとかそんなもんただのエゴって言うか鈍感っていうかノンキっていうか所詮どっかで自惚れてんだな、なんて意地悪な思想にこそ活路を見出したくなるとかなんとか胡散臭いとか言いながら自分こそどんなモンだよと。

 

頑なが悪いとかではなく、自分はそんなんじゃないから、っていう価値の提示の仕方みたいなもの、振舞い方だとか、そういうものって間違いとしてではなくて単純に方向性っていう割りと無機質な感じとか装いでもってあっても悪くない世の中になってくると個人的には思ってます。

 

平日にお店をほっぽらかすのはまさにそんな意味において考え方において、”わたしの手段として効果的でないのなら、そんなにこだわりもしねえっつの勝手にしろ” ってわたしは早々に休憩時間申し付けるわけです。

 

別の場所に必要としてくれる人がいるならそっち行くのに決まってんだろアホか役立たずみたいな店だな反省しながら死んでろ。

 

そんな頑張り方もありなんですなわたしなんか。

大事なモンに頑なとか、それもいいけど場面選んでよね暑苦しいっつの。なんて。

お店はお客さんが来るとこで、わたしが何らか抱えて貫くようなもんじゃないっていうか深刻な顔でお迎えするような場所なんかじゃないっていうわかりやすさでもって来たければ来てよね、必要としてくれる人にこそあるべき場所としてわたしも頑張ります、企まなければ来てくれやしない誰かのためになんかやってるつもりこれっぽっちもないから、今日はお店に居なくてごめんねとかってそんなあなたに言ってるつもりなんてこれっぽっちもないです悪しからず。なんて。

 

 

こんなアホなお店で忙しく働かせてくださるみなさん、いつもありがとうございます。

そんな場所のために今日もわたしらしくがんばってます。

 

気まぐれみたいにお店やってなくてすみません。

そんなことさえウチらしさって呼んで笑ってお付き合い下さい。

 

そんな商売めざしてます。

勝手なものです。