ONEonONEヘアサロン suffcuts の bosscuts のブログ

長野県東御市にあるDO-S&ハナヘナ専門ぼっち&おしゃべり&おせっかいヘアサロン ・ 人生、恋愛、歴史、経済、宗教なんでもござれダメージヘアを語る隙間にアナタのその日のキモチさえケアしてしまうよと豪語してはばからない恥知らず似非心理マジシャン(自称)スタイリストbosscuts の販促ではないでも集客目的ではあるのかもしれない本気かよ、ってつまりごく個人的欲求の吐き捨て場へようこそ ・ No! Treatment! がモットーだからツヤツヤサラサラとか馬鹿なことは言いませんから

全然わかってない

こんな記事

news.yahoo.co.jp

フェイスブックはあと5年でこの世から姿を消す”

なんてまあまあ無茶な感じの記事を見かけたのが、すでにかれこれ(何語?)数年前のことですからつまり、その経過ってことなんですかね。

個人的素人的にはそこまでとはさすがに思えないし、むしろ5年とかって無茶な感じは先日の未来人の予言系の胡散臭ささえ思いつかずにはいられないでもないところではあるわけです。

素人は歯切れが悪い。

 

 

”SNSを活用する”

っていう概念は、ちょっとばかりでも商売に関わる者なら、少しくらいは頑張らねばな、なんてことを思いついてしまった人なら最早常識というか、ほとんど耳にタコ(死語)的常套さではありますよね。

 

ってわたし、やってないですけど。

 

 

”10代の利用者が減ってる” って聞いて、”そうかよ、ウチは2,30代のお客さん多いしそもそもそんなのやってねえし、まいっか” って例えばそんな感じがはたして商売に携わる、腐っても商売に携わってはいる立場の者としてふさわしいリアクションであることかと思うに、いやはや……。

 

 

わかってねえなアホか、と。

 

 

積極的なお店さんこそ、SNSやらその他ネット周辺の広告露出手段にはもれなく積極的で果敢なご商売を貫かれてる。

何ともすごいこった。

全然イヤミなんかではなく。皮肉でもなく。

広告、宣伝は、勇気です。断言します。それ以外もあるんだろうけど黙っとく。

 

 

 

わたしには、ないっ。

 

断言しとく(泣

 

 

10代層の離脱を3、40代の男性層が穴埋めしてる、とのこと。

わたしらみたいのに言わせると、それってきっと企みのある企業広報とか自営業者とかそんなんばっかでしょ、ってすぐに思っちゃうわけです。それ以外ったら婚期逃し気味焦り気味のミドルクラスのメンズとか、あざとい企みばっか隠しきれない遊び足りないアラサーイケメンとかそんなもんくらいでしょ動物みたいなやつばっかでしょ、とかしか考えらんない。アホか。

 

 

 

しかしながら共通するところの。

つまり、”企み” とか。

 

個人的に利用するアラサーメンズの都合とかはまあ勝手にしろなんですけど、要するに、何かしら企むことくらいしなきゃ商売なんかやってられっか、ってことだと思うわけです。

つまり、いたって精力的な意欲。

 

ヒマなときとか、グーグル先生(頻出)に一度質問してみたらいいです。

”商売、宣伝、広告” とかそんな感じのキーワードで必要十分。

先生ったら良心的にお節介なタチらしいですから、質問はいつだってシンプルがベスト。

ざっくりし過ぎで余計なもんばっかヒットしたりして。

よくわかんないけど。

 

"上手なコピーの書き方” やら ”効果的なPOP活用術” だとかって、まあ似たり寄ったりの他人様が大して違わないっていうかほとんど同じって文言ばっか押し並べて何だかよくわかんないけど色んなもの提供してるんだか教示してるんだか搾取してんだかって、まあつまり、カオスです。

同属のカオス。

嘘っぽいでしょ。

 

そんな中でもいま最もスタンダードであるはずのところが ”SNS活用講座” 的マーケティングコンサルだと思うんですよね。

効果的なブログの書き方教えます、とかそんな感じのヤツ。

”不特定多数に対する広告は最早時代遅れ”

って基本スタンスを入り口に

”個人が威力を発揮する時代”

なんて焚き付けて

”SNSやらないなんて、存在しないのと一緒” とかって最終的にはまんまと脅迫されちゃう感じのやつ。

 

個人的には全然キライじゃないし、さらに個人的にはほっ〇ぺっぱーありきみたいな店なんかそんなの知るか好きにやってろだし、そんなもんばっか規準にしたい客とかもめんどくせえから来んな、とかってけっこう本気で思ってますしそもそもやってないから接点ないからこれはただのワルクチかよ、なんてことにもなりかねないんですけどつまり、個人的にはけっこうキライではない感じの方向性に変わりつつもあるんじゃないかと思っていたりもするわけです。

 

FBとかやろうと思ったときもあるんですけど、単純に自分の性格を思うに、いいねとかの数ばっか気になっちゃって自分こそ人様の投稿にいいね貼りまくりとかそんなショボさに翻弄されるの最悪だよね、って速攻思い当たりましてもちろんやらない方向での判断に今のところ至っておるわけです。今のところ、っていうのがミソですな。人間はナマモノですもの許して欲しい。美味いときもクサるときもあるのさ。わたしはいつだって自分のホネとハナシがしたい。嘘です。

 

要するに、誰が何を利用しようが勝手じゃんか、そんなことより何より、何でもかんでも現象みたいに語りたがんなっつの、そんなこんなが例えばほっ〇ぺっぱー的安心だか価値だかってつまり本人不在みたいな退屈根性ばっか生やかすんだろがこのばかちんが、ってすっかり偏屈。

 

TVやネットで見聞きするものこと、それそのものについての何某ではなくて、それがそうして取り沙汰される意味だとか背景だとか仕組みだとかってつまり、そこにそれを情報として受け取る一個人の判断であったり価値観っていうものが必要最低限の興味として健全に効果的に自分自身に働きかけられているのかそういう意識を働かせているのか、それってつまり自分自身を考えることと何も変わらないんじゃないのかとわたしなんかは思ったりするので、SNSの良否とかそんな意味ではなく、それを扱うその人そのものの正確な興味を常に個人的な判断としてせめて自分ばっかりの為くらいには活用できる明るさみたいなものこそはちゃんとしっかりと、あるべきなんじゃないのかといつも思わされるわけです。

 

 

あそこに、こう書いてあったよ。

みたいな。

 

 

だからどうした。

あなたはあなたとしてどう思うんだよ。

みんなの中にあって、あなたはあなたとしてどう思うんだよ。

 

例えば ”個人が威力を発揮する時代” であるならそれはなおさら、まずはそれぞれの中にそういう明るさというか、頑丈さみたいなものは絶対に欠かせないんじゃないかと個人的には思ってるワケです。

 

振り回されるばっかの個人がつながりたがるだけなのは、ただの嘘のつき回しにしか見えなくもない、とまでは言いすぎなのかもしれないけれど、世間って常にそういう馬鹿っぽさがつきまとうものだって視点はたぶん拭えそうにないしそれはもちろんわたし自身も含めてのハナシなんですけど、だからってべっきーとゲスきのこの件とか、さすがにどうでもいいとは思いもしますし。

 

 

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例えばこんなとか。

 

不特定多数とかアホ、ってほとんど本気で思ってるわたしは例えばウチに出掛けて下さるお客様にこそこんな鬱陶しいものを押し付けて、ご紹介をねだったりします。何せアホですもの。

得しそうなことも、ツルツルサラサラになりそうなことも何も書いてない。アホですもの。

 

わたしのことを知ってくれている方こそが、わたしにお似合いのお客様こそをご紹介くださるものと勝手に信じてますし、何より知ってくださっているお客様だからこそ、わたしも安心して期待させていただけるわけです。疑り深い気配に徒に振り回されるような面倒とかもけっこう遠ざかったりするわけです。

闇雲につながりたがる趣味なんてないのさ。(カラ松風味)

 

 

じゃんじゃん宣伝して、うはうは儲かってる賑わってる店はカッコいいなあ。とても敵わんなあ、っていつもヘコみます。うらやましおすな。

しかし。仕方ない。

目指す方向がちょっくら違うからって、何だ。

 

 

 

 

しかし。

世の中はSNSだっつってんのに、ウチときたら紙かよ。

 

馬鹿が何か言ってます。