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ONEonONEヘアサロン suffcuts の bosscuts のブログ

長野県東御市にあるDO-S&ハナヘナ専門ぼっち&おしゃべり&おせっかいヘアサロン ・ 人生、恋愛、歴史、経済、宗教なんでもござれダメージヘアを語る隙間にアナタのその日のキモチさえケアしてしまうよと豪語してはばからない恥知らず似非心理マジシャン(自称)スタイリストbosscuts の販促ではないでも集客目的ではあるのかもしれない本気かよ、ってつまりごく個人的欲求の吐き捨て場へようこそ ・ No! Treatment! がモットーだからツヤツヤサラサラとか馬鹿なことは言いませんから

仕方なくないこと

先週の土曜日と今週とでは売上げが十倍から違います。

商売って、そんなもんなんでしょうか。

アタマがおかしくなります、はっきり言って。

白状してしまうなら、ウチはまだまだそんなお店ってことです。

 

自分ちばっかヒマなんじゃないのか、なんて大体そんな不安よぎるんですけどそんな折にいつも思うことは、”今日は昨日の通知表” みたいなことでもって。

 

やべえ、何だかヒマだどうしよう?!

なんて、その日になって慌ててみたところで今日の出来映えは今日こその有り様なんて

ことでは全くなくて、きのうだったり一昨日だったりするにも忙しい、せめて一ヶ月前三ヶ月前果ては一年前だとかってつまり、とおの昔に過ぎ去ったあんな日やこんな日の結果こそが今日の出来映えなんであって、つまり ”通知表”

 

今日のために今日出来ることなんか多分、知れてるんです。

せめて今日来てくれたお客さんに精一杯のお仕事をさせていただくくらいしか出来ることはなくて、それが更にまだ見ぬあの日の ”通知表” になるんだってつまり一人タイムトンネルとかメビウスの環だとかってちょっと違うか何でもいいけど要するに繋がってんだなってことです。

一人でもないのか。

気の抜けないことですな。

 

 

ディーラーさんと少しばかりおハナシなんかして、業界的な幸不幸なおハナシなんか耳に挟んだりするとホッとするやらハラハラするやらいずれにしてもあまり健全ではない気持ちやら感情がムラムラと湧き立つばっかなんですけど、ちょっとメーカーさん側に傾いたハナシとかたまに面白いんですよ。

これからこんなクスリが出るとか、こんなパーマのやり方あるらしいよとか、まあ割りと積極的? なハナシとか。

 

 

この業界ばっかりでも一つのことについて色々な説だとか論みたいなモノはやっぱりあるものだから便利だったり有難かったりするばっかのハナシでもなかったりすることはままあるんですけれども、例えば……

 

”ダメージレスなヘアカラー” 

 

とか。

広告とかで普通に見かけるかも知れないからメッセージとしては今更感もそこそこかもしれないんですけど。

未だに世間では ”髪はクスリのせいで傷む” と思われている感じ濃厚な気がしてならないんですけど、わたしネット界隈にうじゃうじゃしてるキモいケミヲタ美容師じゃないですからクスリとか成分とかのこと偉そうに語るつもりも趣味もないんですけど、それにしてもですよ、例えばヘアカラーとか確かにクスリの影響もまったくなくはないはずなんですけど、まずその目的である ”ヘアカラー” っていう仕組みですよね、髪が染まるっていうその仕組みを知っているなら、”やさしいおクスリでダメージレス” とかそんなアホみたいなメッセージ、言えるわけないよなってくらいのことは全然言いたくなっちゃうよねってそんな性分くらいはじゃんじゃん認めてしまうところではありますよね。

 

低アルカリだろうがオーガニックだろうが、日本人の黒髪を少しでも明るく染めたがるなら、そこには ”メラニン色素を破壊する” っていう何よりのダメージシーンが存在してしまうわけですからつまり、”ダメージレス” なんてことはあり得ないわけです。

黒に色塗ったら何色になるのか、わかんない人は幼稚園のお絵かきからやり直したらいいですよ面倒なハナシわざわざコネたがる人は場合により馬鹿とかもいうらしいから気をつけたほうがいいですよそもそもぎりぎりなヘンにいるわたしが言うんですからまあまあ侮れたモンでもないかもですよなんて。

 

 

クスリでメラニン破壊するんです。

発色させるんです。

クスリのせいには違いないかもですが、それが単に手段であってその材料であることと、その結果得られる事実とは似て非なるそれぞれの意味であること履き違えたらいけない気がする。

 

メラニンの破壊によって、髪は傷むんです。

カラーダメージっていうのはそういうことです。

 

日本人の黒髪は明るくしないと色味を表現できないですから、メラニンの破壊は目的に対する代償みたいなものです。

明るくしたいけどダメージはイヤだっていうのはあなたの勝手な願望のハナシでしかなくて、今現在の毛髪科学によったならそれを要求することは欲しいけど金払いたくないって言ってるのと全然変わらないんですね、つまり万引き願望みたいなモンなんて言っちゃったなら乱暴すぎるだろうか。

要するに、馬鹿っぽくて聞いてらんないとかそんな感じっつことです。

 

 

要求や願望があるから役割は成り立つのだしつまり商売になるのだし価値を生むのでしょうけれども、願望のために嘘さえ信じたがる許されるアホっぽさって何なんですか。

例えば今日耳にしたおハナシってばほとんどそっち側みたいな馬鹿っぽいおハナシ。

メーカーが本気でそれ仕出かすなら ”革命” か ”詐欺” かってホントにそんな振れ幅になってくるおハナシなんです。

 

科学的に真実であり得ることなら想像もつきません。

期待するばっかです。

ただの商売だったなら、手の内は想像に難くない気がします。

また鵜呑みの馬鹿増えるばっかだなってタメ息つくばっかです。

 

 

”だます” って言ってしまったなら言いすぎかもしれないけれど、ヘンなハナシ ”願望とか欲求” みたいなものがあるからこそ成立してしまうのが ”だます” って企み方だったりもするはずだからこそ思うワケです。

 

 

期待どおりな気さえしたなら、嘘でもいいのかよアホか。

 

 

”だます奴は悪いけど、だまされる方も悪い” っていう論法には慈悲とか同情とか何なら省みる品性だとかって例えばそんなあらゆる清潔っぽい感性が思いやりが今ひとつ欠落して見えてしまう気がしないでもないのだけれど、それにしても個人的には全く支持しないでもない気もしてしまうわけです。

牛の一頭買いでもクラウドファウンディングでも何でもいいんだけど、見込みより結果が伴わなかった場面で沸き起こりがちなつまり ”ハナシ違うじゃねえかっ” 的シュプレヒコールとか単純に罵声怒声の類にわたしなんかは何となく百パーで支持できる思想とか持ち合わせていないタイプです。

 

 

欲かいた自分棚に上げて何言ってんだアホか。

安心な老後への投資のつもりだった? 

アホかそういうのを欲っつんだって言ったばっかじゃんか恥じらいもなく正しそうにまんまと述べてんなっつの恥ずかしい老後どころか今まさにぶっこけてんじゃんかたまたま今ぶっこけてるだけでお前みたいのはいずれ遠くないどっかで自分の欲の皮ばっかで所詮ぶっこけるって決まってんだよ馬鹿。

 

なんて。

百パーで嫌ってんじゃんかっつ言い様ですなスマンすまん正直なもので。

 

 

まんまと喜ぶからふざけたモンがはびこるんです世の中は。

ユニクロのせいでデフレになるとかそんな頓珍漢なハナシとは違うつもりです。

価値って何だ、っつハナシです。

 

 

わたしたちの仕事なんて、お客さんの希望に応えてなんぼって仕事に違いありません。

喜んでもらってなんぼって仕事に違いありません。

何ならお客さんの希望の先をいってなんぼ、提案出来てなんぼって仕事なんだと思います。

 

だからって近頃いよいよわからなくなってるんですけど、希望に従うばかりも提案してむさぼることも何だかどっちが馬鹿かってハナシでしかない気がしてしまうっていうか、わかんないどころかほとんどイヤになってきてんだなこりゃ困った。

 

だれが何を利用すんだろか。

便利なんだろか。

価値なんだろか。

 

一つしかあり得ない仕組みに謎のグレードが存在する職能詐欺すれすれみたいな商売上手も、知ること面倒で欲しがるばっかの情報マヒも、お人よし風能無しの貧乏ヒマナシも、みんな所詮全部馬鹿に違いないってイライラしてばっかで肌荒れとかおっさんでもさすがに気にせずにはいられないレベルだとかアホかと思う。

コンディション悪すぎでもう三日も髭剃ってないとかくだらなすぎて死んだほうがいいレベルだとかおっさんの考えることじゃないと思うくだらないなあ。

 

 

やりたいことっていうか、自分がやらなきゃいけないことやるべきことってもっと違うカタチなんじゃないのたとえ上手くいかなそうだとしてもさ、ってさすがの馬鹿も近頃いよいよそんな生意気なことさえ考えずにはいられないらしく、安藤ミッフィーさんとかほとんど恋してしまいそうな勢いとかいい歳こいてホント馬鹿で困るこまる。

 

 

日本人は昔から三刻みで進んでみるがイイらしいです。

この次の三年後とか今更考えたがるんだろか。

考えないより考えてイライラするほうがまだ価値アリそうな気がしているので思いつきたがってること散々思いついてみようって、眠れない夜明けばかり過ごして肌荒れヒドいですライブも近いというのになんてこった。

 

 

だからって、今目の前にある価値らしきものなんて、もうとっくの昔に疑わしさとかそんなもんばっかに化けちゃった気がして仕方ない。

調べたら知ることが出来るようなものでもない気がして仕方がない。

イライラして仕方がないのだけれども、そんなこんなこそを面白いと思いたくて仕方がない自分がいることもどうやら嘘ではない気がして仕方なくて、年甲斐のない肌荒れにないアタマを悩ませているのです。

アホか。

 

 

 

 

 

 

コショウはお好みにつきまして

例えばほりえもんさんが ”ゼロ” なんて言い出した近頃。

通り過ぎたばっかのハロウィーンの夜、彼が渋谷の混沌にまんまと紛れたかったのか、鼻で嗤いたかったのか、どっちがいいとか悪いとかではなくて、リテラシーって例えばそういう想像とか認識を働かせることから機能する感性みたいなモンだと思ってるワケです。

事実らしく語ることが証明になる時代なんて、とっくの昔に過ぎ去っちゃってるモンなんだって個人的にはそんな考えにすっかり傾いちゃってるワケです。

 

”忘年会の幹事任されたんだけどさ”

って例えばそんな話題が増える時期になってきます。

ポストに投げ込まれる情報誌、クーポン誌は貴重な情報源としてましてやこんな田舎では未だにその価値を広告媒体としての効果を誇っているのかそうでもないのかはよくわからないのだけれどもそれにしても似たような情報やら記事がわんさと溢れかえっているわけです。

 

”忘年会の幹事”

もしわたしがそんな役割を負ったのなら、まあ、見ますね。

アテにしちゃいますね、情報誌、クーポン誌。

ぐるなびとかローカルの口コミサイトとかも普通に使えるし、実際に足を運んだことのあるお店の方が少ないのは当たり前のことなんだしつまり、そういうのありがたいじゃん、ってことです。

 

食べたいもの選びたいし、個室とかあるのか気になるし、アルコール類充実してるかとか盛り付けとか洒落てるのかとか女の子ウケとか気になるしつまりそういうのって仲間のためなのか幹事としての自分の働きっていう見栄なのか自己満足なのかよくわからなくなるんだけれども多分その全部なんだろうしだからこそ、細切れみたいな紙面のその一部っていうミニマムに尽きる情報に己の働きや見栄あるいはそれに下される評価っていう所詮そんな窮屈さ無駄なプレッシャーの全てを賭けることになるワケです幹事様お疲れ様ですご苦労様です。

 

ラーメン特集の記事見て、行ったことない新しいラーメン屋さんに行ってみた。

近頃やけにラーメンづいていて、ってもうだいぶ下火にはなってきてはいるものの、その頃は結構な圧力だったワケで。

 

まあ、あんまり美味しくなかったワケです。

コレって、ものすごく個人的っていうかわたしそのものの感想でしかないのに決まってるワケです。

でも多分、もう行かない。

 

別に、”ハナシ違うじゃんかっ” なんて情報誌に恨み吐く気なんてこれっぽっちもないです。

何なら、わたしがそのラーメンに対して抱いた感想をものすごくまろやかな文面に厭味なく落とし込んでいて、”おお、これこそプロの仕事や” なんて思わされたほどです。

 

 

情報誌、うそつかない。

 

 

おっかねえな、って思ったわけです。

メンタルトレーニングなんかでよくありがちな、自分のダメなトコとか不満とかを書けるだけ書き出せってやつ。

で、それに対してひとつひとつポジティブな言い訳書き込んでいくってやつ。

言い訳、とか言っちゃったら台無しなのかなだからそういうのわたしには向いてないんだとそもそも思うワケなんだけれども。

 

細切れみたいな紙面の一部に目一杯情報を盛り込むことは多分至難の業だし、だからこそここぞっていうストロングポイントみたいなモンを放り込むんでしょうけど、お店始めた頃そういう営業さんとかにしょっちゅうおハナシいただいたりしたんだけれども、二回めくらいでイヤになっちゃってそれ以来まったくのノーサンキュー貫いてます。

 

ストロングポイント、って自分で主張するのってものすごく難しいです。

就職面接とかで所詮素直になれないそんな人間っぽさ抱えてる人なんか特にそうなんだと思います。

 

”自信ありますっ”

 

言ったことないですよそんなこと。

”この前すっげ面白いことあったんだけどさあ” なんて語り出す人たまにいると思うんですけど、まあ、聞く側聞かされる側としてはもう入り口から耳半分になりますよね、それって意地悪とかそんなんじゃなくて ”手加減” って良識なんだと思うんだしそれは面白いハナシしてくれる人に対してなんていう鼻の高いハナシなんかではなくて、つまんなくてもちゃんと同調して上げられるように共感表してあげられるようにっていう自分に対するその準備を促す心構えっていう過程なんであってつまり、良くも悪くもってことにはしておくんだけれどもとても冷静な有り様なんであって。

 

 

情報が価値になって、繋がるってことが自己顕示欲の掃き溜めみたいな有り様に凝り固まって。

レインボーフードをインスタにどかどか投稿することがその人個人の感性やら充実を表すアイコンになるそんな認識がまったく疑いなく共有される悪意みたいに蔓延しながら、それにしても幹事さんは情報に多くを委ねなければならないっていう窮屈な現実に多分撃沈するんです。

 

”個室とかいって、ふすま一枚だし”

”ドリンク充実とかいって、ドリンクバーだし”

”エアコン直下でクソ寒”

”単純にクソ不味かった”

 

 

オールオッケーなんてあるはずないのだけれども、それにしても個の集合である団体様っていう性質に大満足なんてあり得ないわけですっていうかその方が普通なんだと思うワケです。

 

 

”幹事さんも大満足!”

 

……絶対言えない。そんなこと。

商売向いてないな、完全に。

 

 

言い切ったモン勝ち、っていうか、その気にさせたモン勝ち。

みたいの、めんどくせえ。

っていうか、古くせえ。

 

所詮知らないくせに知るだけ知った気になってやたら期待値ばっか膨らませるのがお客さん側の期待とか要求なんだろうけれども、この世は天竺でもマハラジャでもないんだから期待したって不味いことも不愉快なこともあろうもんだっつのだからはっきり言っておきましょうわたしはこの前のラーメン屋さん旨くなかったさすまんな。

 

 

”知る” って、そういうことじゃんか、と。

体験して初めて備わるものこそが事実なんであって、誰かが旨かったからってわたしにはそうでもないことくらいふつうにありそうなもんだっつことです。

だからって、そんなことで誰を恨もうかと。

せめてなら件のラーメン屋さんに ”もう少し濃い目のが美味しいと思います” とか所詮失礼振舞うくらいの方が近未来的コミュニケーションっていう露骨さの序の口踏めるかしらとかそんな感じ。

アホか。

 

 

 

”口コミよかったから行ってみたけど、最悪”

 

アホか最悪なのはお前の感性と性格だっつのトイレ掃除から今日をやり直せビッチ。

 

 

多分わたしたちはそんな程度の情報こそを身近に生きているはずなんだし疑っているはずなんだし、ならば消費するよりは消費していただく側に近い立場にいる例えばわたしみたいのなんかは一体どんな情報こそを嘯けばいいことなんやら。

すでに嘯くとか言ってるし。

 

 

うそつかないので、期待するばっか欲しがるばっか疑うばっかの自分最高な例えば自称パリピな現代的自傷メンタル楽しくて仕方ない感じの人とか自慢のばっさばさの髪もトリートメントでとぅるんとぅるんになるってどうせ信じてるのに違いないからめんどくさいし仲良くなれるはずないからウチのことキモいとか普通にディスってもらって全然オッケーです炎上マーケティングに積極的ご参加ココロより御礼申し上げますとか自ら火に油注いじゃったりなんかしてね、ってとあるオタクサイトで炎上芸のみで頂点上り詰めたわたしが言うんだから結構迫力あるはずなんですけど知ってる人いるわけないからお山の大将ちゃんと自覚してます余計なお世話だっつの。

 

 

うそつかない。

じゃなくて、つけない。

じゃなくて、つく勇気ない。

そんなショボさとか。

 

 

二度目で広告とかすっかり諦めちゃったわたしのホンネったらそんなもんでしかなくて、何ならそんなモンこれからクソの役にも立たねえってそんな感じこそを本音みたいに生きていきたいこの商売に関わって行きたい生きたいと思っているわけですからつまり、”幹事さんも大満足!” 的な情報を情報と呼びたがる認めたがる時代は価値観はもうとっくの昔に終わってるっつうの、って所詮一人ばっかで嘯いて、「ねえ、どっかイイお店知らない? 行ったことあるトコでさ」 って芯食ったトコでコミュニケーションしたいし、そういうコミュニケーションに加われる商売になっていきたいいかねばと思うワケです。

 

 

 

”宣伝してやるから、カネ出せ”

 

それに組しないことが排除に繋がるような世界なら、そんなもんこっちから願い下げだっつの。

 

 

 

メンドウクサイことさえ楽しんでやる。

個人ってことは、例えばそんなことだって勝手に思ってます。

 

 

 

 

 

 

勝手が担保する勝手

「この前は先にシャンプーしたよね。何が違うの?」

 

ってこの前お客さんにつっこまれました。

その気配には若干の猜疑も含まれていなくもないことをわたしは察したつもりではいたのですが、何のことナイです。

 

「クセついてたから、洗いたかっただけですね」

 

 

これって、裏切りなんですか?

詐欺っぽいですか?

 

 

髪をカットするにもやり方は様々ありまして、って当たり前。

ここで言いたいのは技術的なハナシではなくて、つまり都合とか、切る人間切らせていただく側の人間目線のハナシなんですけど、主に何だろ? ”ブーム”とか、例えばそんなこととかもありまして。

個人的 ”ブーム”

 

 

先シャンか、後シャンか、洗って切ってまた洗う、まではしないどっちかって業態でいるうちの店ですからそこのとこは気まぐれ極まるところでありまして、2シャン望むなら金を出せ、なんて全然本気で思ってます。

高いシャンプー使ってますし、水もガスも安くないですもん。

そこにきてウチってば多分相場より安くやってるんですもん、そこのトコわかって欲しいです。

 

 

で、”ブーム” のハナシ。

 

カットに関しては男女分け隔てなく、”ベースカット” っていう前段階と、”マテリアル” とかまあ他にも言い方あるんでしょうけどつまり仕上げみたいな段階っていうのが大まかにありまして、仕上げはほぼドライの状態で行うのに対して、ベースカットは濡れた状態であったりドライの状態であったりとそのアプローチは目指すスタイルであったり髪質であったりクセの状態であったりとその条件に合わせて都度変わったりするわけなんですね。

 

特にあえて ”ブーム” と呼びたがる事情は一体なんぞやか、ということになるとですね、ここにきて初めてアプローチなどの論法手法を超越した ”人間目線” になってくるわけです。

超越とか言ってるし。恥ずかしいなあ。

 

 

 

”ドライから直接狙っていきたい気分”

 

”ウェットでスパッと決めてく感じがなんだかしっくりくんのよ”

 

って例えばそんな感じにおきまして、手法とか技法を飛び越えたトコでガンガン切り込んでいけそうな気にさせるつまり ”ブーム” みたいな感覚っていうのが自分の中にある周期においてありましてそれはまったくの不定周期でさえありましてつまり、件のお客さんの際には ”ドライブーム” がたまたま来てたってことなんですかね。

ちなみにそれって今も続いてる ”ブーム” なんですけれども。

 

 

どっちが正確なのか、”ウェット” と ”ドライ”

 

そんなおハナシはこの胡散臭い業界内におきまして常日頃から交わされる所詮嘘吐き見栄吐きの論破欲求っていうストレス発散の一環でしかないクソくだらなさでしかないんですけれどもつまり、”勝手” っつことだと個人的には思ってます。

 

仕方ないですよ、ドライのがキレイにしかも簡単に切れそうな気がしちゃうんだし実際そうなんだし、ウェットで見定めたい髪質とかクセっていうのも実際あるものなんだし。

ただ単純に、最善と思えるアプローチを全くの感覚とか勘でもって選り分けてるだけなんです。

これってわたしだけのハナシですからね、インテリスタイリストとか真正面からムカついて仕方ないハナシですからね多分。

 

だって腐っても技術屋なんだぜ、なんて威張ってみたトコでサロンなんてコンビニよりたくさんあるらしいからムダじゃんかっつことくらいわかってますもの気に入ったトコ勝手にどんどん行ったらいいんです疑り深いばっかのサロンジプシーなんかこっちからお断りだっつの何とかペッパーのクーポンとか口コミばっか鵜呑みにしてさらさらつやつやとか分けわかんないサービス満喫したらいいんです世の中便利なモンですしウチにはそんなモン売ってないですしよくわかんないですし。

 

はっきり言って、ウチは不器用。色々と。

すまんなー。

 

 

 

基本、女性の方は先に洗わせてもらってます。

男性より概ね長いスタイルであることがほぼほぼですから、ドライの手間が二度になることが要するに生産的ではないって判断からです。

切り落とした髪が残ることも長いスタイルには割りと考え辛いことなので、水準として大丈夫なものと考えてます。

隙バサミとかあまり好きじゃないので、落ちる毛も細かいものが必然的に少なくなります。

 

対して、男性の方。

近頃は何だか汚ねえなとかそんな感じでもない限り、あとずぼら極まる寝癖アタマとか仕事帰りのヘルメット癖父さんとかそんな感じでもない限り、後シャンにしてます。

マッサージ付きにて。

短いスタイルが多いですし、男性の場合は強かろうが弱かろうが悪いクセはぶっ殺してなんぼってトコからスタイルが始まると思っているのでアプローチは強引かつ頑丈な感じでやらせてもらってます。

クセの影響を遠慮なく殺せるところがメンズの面白さでもあると思ってます。

あと、やっぱりマッサージとかは父さんたち好きですしそのくらいはしてあげたいですし、もちろん女性の方でもマッサージがお好きな方もおられるでしょうけれどもそれって時と場合ってことも加味したなら所詮ウチなんておっさんの一人商売ですしロン毛でキモいですし隙あれば余計なことしゃべり出すしつまり、時にはお節介とか苦手を思いつかせてしまうこともあるのではあるまいかとそんなショボい気遣いばっかを理由に不公平感とかそのへんのことはまったくシカト決め込む所存でいます。

っていうか、カットっていう本来の目的のみにおいてすでに女性の方の方が余程手間を掛けさせていただいてるつもりでいるので、ってこれってエロ目線とかそんなんじゃなくて、単純に短いより長いほうが手間掛かるのに決まってんじゃんって当たり前じゃんってハナシでしかないんですけどアタマおかしいですかね。

神経だって遣います。

”髪は女の命” ってそりゃそうですともしかしながらすっげ脅迫文章だよね、っていうのも全くの本音でもって男性に対するものとはまた違う気遣いを持ち出すものです。

 

 

女の人はウェットベースのがキマリが早いです。ベースのハナシ。

上手なスタイリストさんは多分この辺の割りきりとか判断に長けているんだと思うんですね。

ベースを安定したレベルでざっくり決めて、マテリアルでちゃんと落とし込める自信のあるスタイリストさん。

仕事ぶりも手際に出るのでお客さんにも伝わるものだと思うんです。

わたしは全然そんなじゃないんですけども。

それどころか平気で一時間も切ってるアホです。すんませんです。

 

男の人がウェットだと場合によっては馬鹿正直すぎて手に余ることがあります。ドライしてみたらダサくなったとか普通にあり得ます。

スタイリング剤なんかがついていると洗わないわけにはいかないので前シャンになります。

マッサージもナシだから、なるべくキレイにしてきてもらったほうがいいはずです。

女性の方以上にエロ目線とかあり得ないですけど、おしゃべり盛り上がるともっと仲良くなりたくてついエロいハナシとかしてしまうのばっかはスミマセン。

楽しかったらイイと思ってますスミマセン。

マンツーマンのイイとこなんじゃないですかね、余計なハナシこそ面白いじゃないですか。

 

 脱線。

 

 

ドライとウェット、どっちを正体とするか的論争は常にあるんですけどそんなことまともに語りたがるのとかアホだと思います。

その人見てそうしたくなる。

そんないい加減みたいだけど所詮技術者っていう目線こそに物言わせる判断を否定したいならこんな仕事さえ数年後にはペッパー君とかで十分とかそんな時代になっちまうんじゃないですか。

 語学なんてそろそろ学ぶ価値なくなるらしいですよ、AIが同時通訳してくれるから。

 

 

肉体的にも精神的にハードな面はあるけれど、所詮ソフトでしかこなせないことこそがこの仕事だと思っているのでAI上等ってクソ根性ひけらかしながら長らくハサミと戯れていたいものだと思うワケです。

 

 

 

現場を離れて経営者になっていかなければならない、とかすぐ上から言いたがる守銭奴とその手下どもは札束ばっか数えて指先ツバ臭いおじいちゃんにでもなったらいいです勝手にしろアホっつことです。

 

 

 

さて、楽器の練習でもいたしましょうか。

11月も仕事に遊びに頑張って参ります。

 

お出掛け下さい。

お待ちしております。

 

 

同族嫌悪

もこもこに泡立てたシャンプーでそのまま泡パック。

そんな間のついでに体洗ったりムダ毛処理したりとかキモいことをこなすわけなんですけれどもそんな入浴作法でいるんですけれども、ウチで絶賛オススメさせていただいているシャンプーときたらそもそも泡立ち悪いしせっかくの泡もダレるのが結構早いので、しばらくすると顔に垂れてきたりなんかしてそれが目に入ったりしたものならもう、それはそれは沁みるのです。

けっこうな刺激なのです。

 

なんて書いたら、嫌われてしまうんでしょ。

ウチのシャンプーは。

 

そういう世の中なんでしょ。

 

 

普段ないもの入ったら、痛いのに決まってるでしょ。

自分で触ったって、目ん玉なんて普通に痛いモンでしょ。

そういう問題じゃない、って?

 

成分だろうが指の先だろうが、物質であることには変わりないと思うんだけどもなあ。

 

低刺激性。

親和性。

なんでもいいけど聞こえのいいことばっか信じたがる面倒臭がりで欲しがるばっかの価値観なんかクソ喰らえって思ってます。

これって全くの本音ですから。

 

そんなあんたのお気に入り、何がどうしてどんな風に優れてんのさお気に入りなのさ? って尋ねたなら大体の人は言うんです。

”天然成分” ”植物性” ”無添加” ”オーガニック” ”アミノ酸なんちゃら” etc……

つまり、”何となくイイ感じする” みたいな所詮まるっとした興味。満足。

 

ウチのシャンプーはバリバリの石油系ですけどもね。

石油だって天然だっつのアホか。

しかも人間は動物です。植物ではありません。

動物のクセに植物を安全視したがる見栄は例えばベジタリアンを変わり者みたいに決め付けるんでしょ嗤うんでしょ、何て器用さなんだか。

 

 

石油系は刺激が強いからダメ。

 

そうですとも、強いですよ。

それって洗浄力っていう本来の目的も含めてのハナシなんだよわかってんですかね。

 

天然アミノ酸系だから優しい。

へえ、そうなんですか。

優しい洗い上がりってことは、目的について鈍らってことでもあるんじゃないですかね。

 

強いものを少量含むのか、弱いものを大量に含むのか、どっちにしても同じ結果が得られるのなら好きなほう選べばいいだけのことなんですけど、要するにそれは成分そのものっていうことではなく、バランスってことなんだと思ってます。

 

だから ”優しい” とかってふれ込みでぬたぬたのべちょべちょみたいなクソ重い洗い上がりを喜ぶ趣味のないわたしは適切な洗浄力でちゃんと洗ってくれるっていう当然の有り様においての軽い洗い上がりを実感させてくれるウチのシャンプーを選ぶんです。

 

そこらのアホみたいに高いシャントリ使ってる ”こだわり” みたいな人ほど、ウチのシャンプーったら全然泡が立ちません。

五回くらい洗ってもまだまだしょぼしょぼみたいな泡しか立たない人も稀ではないです。

 

洗浄力ショボいんじゃないの? って?

 

そうですよ。

工業石鹸じゃあるまいし、油分根こそぎ剥ぎ取るとかそんな乱暴なモン髪にアタマにぶっかけるわけないじゃないですか。

ちゃんと洗える成分を髪に対して適切な量を配合しているだけですもの、擬似栄養成分やらそれ閉じ込めて逃がさない詐欺みたいなコーティング成分モリモリの高級? なシャントリなんかそんな残虐な成分なんかウチのシャンプーなんかで二度や三度洗っただけで落とせるワケないじゃないですか。

ノンシリコンだけどそれはシャンプーだけのハナシでセットのトリにはジャブジャブ入ってますけどねって当たり前みたいなアホ宣伝とかそれにも飽きちゃったから今度はオイルインだぜなんていよいよぬらぬらぬたぬたみたいな素敵さなんか胡散臭さなんか三回、四回洗ったくらいで落とせるワケないじゃないですか。

 

あなたはあなたの髪なんかじゃなくて、その成分の手触りばっか喜んでんだ。

 

そんな思い込み、ウチのシャンプー程度で洗い流せるワケないじゃないですか。

今日使ってみて、その瞬間に圧倒的な変化を欲しがるような期待したがるような思い込みなんか、ウチのシャンプーばっかで応えられるワケないじゃないですか。

 

髪の毛ってば死んでんですから何したって変わらないんですけど、例えばこれからの季節ならクリスマスのデコレーションとか、塗料とかラメでキラキラになった松ぼっくりをキレイとか可愛いとか思いたいのか、そこらに転がってるそのままの松ぼっくり拾って要するに自然みたいなこと眺めたがるのか、っていう違いとか価値観のハナシでしかないんでしょうけどね。

 

男には多分 ”すっぴん萌え” みたいな角度ってあるはずだとわたしなんかは勝手に思っていて、フルメイクバリバリの突き刺さるような美人眺めたがる欲求もアリなんだろうけれども、ちょっとした日常のすっぴんメガネとかタオルターバンで化粧水ひたひたテカテカ素顔とかにグッときちゃう所詮ショボい好きさ加減とかも普通にあるはずだし、個人的には多分そっちのが比較にならないくらい好きなんだし愛着抱くのによほど値するって所詮思っているのに違いないワケでして。

キモいですな。

 

よく旅行とか行った彼氏と彼女にありがちなすっぴん彼女あんた誰的なくだらんエピソードつまらんエピソードとかなんて尚更物理的物質的価値しか見てない水準のハナシでしかないのに違いないんだし、ましてや ”萌え” なんてごく個人的ショボさ使い古された承認基準になんて丸きり似つかわしくない貧しさに違いないんだしつまり、そんなモンばっかに世の中は頓着したがるのかと。

価値を見出したがるのかと。

植えたがるのかと。

 

 

誰だって素敵になりたいのは当たり前。

わたしも格好良くなりたいです当たり前。

いい歳こいてアホかなんて思わんぞおっさんにはおっさんが目指すべきカッコイイとかきっとあるはずポンコツなわたしでこそ辿り着くべきショボさそんなカッコイイとかもきっとあるはず願望って多分そんなモンのはず。

 

そんなモンのためにこそ。

 

 

 

うそはつけないんだなあ。

 

口汚いとか、そんなことくらい勘弁してほしいくらいには信頼してんです。

ウチのシャンプーくらいのことはさー。

 

吐き気がする

心が弱るとつい、占いとかそんなもんでも読み散らかして ”アホくさ” なんて開き直るみたいに自分の中にわだかまる何かしらを撫で下ろしてみたりするんですけど。

 

朝から暗いなと。

 

もう少し若かった頃は、心霊動画とかもギリだけど ”おっかねええ……” なんてすっかりその気になれたり、心理テストとかも結構本音隠さず真に受けてみたりとかも出来たんですけど、この前の休みの日、洗濯しながらそれにしてもヒマすぎてネットでたまたま見かけた心理テストとかいちいちやってみたりしたんですけど、それがまあいちいち素敵な答えでもって満更でもない感じでもってつまり、”アホくさ” みたいな感じでしかなかったわけです。

 

濁ってんな、と。

 

中学生の頃、”My Birthday” っていう心理テストばっか散々載ってる雑誌があって、わたしなんか男のクセにそういうの案外嫌いじゃなかったからっていうか全然好きだったもんだから、当時大好きだった女の子のこととか散々思い描きながらドキドキしながら雑誌一冊満載の心理テスト片っ端からやり倒したモンです。

いっこ上の姉がいたから、そういうネタけっこう身近だったりしたんですな。

こちとら完全無欠の女系家系なおかつ貧困弱小母子家庭育ちなもんですからお人形遊びとか少女マンガとかつまりインドア系女子遊びには全く抵抗ございませんでしたよキモくてすまんな。

いくえみ綾さんはわたしにとって永遠のリアルファンタジーですよキモいとか言うやつアタマどうかしてると思うよカワイソウになー。

 

 

十把ひとからげ。

一体何語だ。

いや、日本語だっつの。

 

 

血液型、誕生日、姓名、手相、人相、色、花、風水、etc……

何でもいいけど何でもかんでもって基準やら傾向やらって区切りで示される何らかの性質みたいなハナシにムフムフとごく個人的満足とか期待とか妄想とかをあたためられたあの感じって、どこいっちまんだろか。

 

わたしの誕生日はわたしばっかの日なんかじゃないんだもんね、って今日も朝の情報番組の星座占い観ながら思ったんだけどそれってまったく当然っていう平たいけれども正常な真理でもってつまり今日っていう有り様における当たり前っていう有り様に対する反発とかまやかしとかってつまりつまりそんな全く素直じゃない感じってことでもって。

おひつじ座の諸君が、世間中のおひつじ座って運命背負った諸君がいっせいに今日の昼食にカツ丼食ったほうがイイなんて目論見抱くなんて有り様は全く正常な営みとは思えないし、万が一にもそうしたことが世間中のおひつじ座諸君によって実現されてよもや占いどおりであるところの思いも拠らぬ出逢いなんかに恵まれちゃうとかそんな有り様があり得るのだとしたらそれってもう壮絶なる人生の詐欺みたいなもんでつまり、アホらしくてやってられっか、っつことに違いないわけでっていうか、そんなこととっくの昔からみんな思ってるっつことでもって。

朝の情報番組で星座占いなんて未だにやってるの、めざましテレヴィーくらいのもんじゃないですかねつまり、そんなこと刷り込まれるほうが余程邪魔臭いっていうかよけいなお世話ってみんなもう散々気付いちゃってるってことでしょそんな久しさってハナシ。

だからってわたしなんか、自分の星座の順位が高いほうがろくなことない傾向にある気がしてして仕方ないのですがいかがなものでしょう、なんて全くまんまと喰らってしまったような優良視聴者様呈しまくって所詮真に受けているのに違いないそんな時代遅れ感とかもりもりハンパないんですけれどもねと。

 

傾向とか、性質とか、べき論とか、商売してるとダメになってくるんですよ。

苦手になってくる。

っていうか、鬱陶しくなってくる。

 

商売人っていうのは、程度の差こそあれ誰も彼もが案外必死なんです。

商売人ばっかのハナシではもちろんないのですけれども。

普通に生きているなら、コンサルタントとか、マーケティングとかつまり何だかものすごく積極的な意欲を想像させるごく個人的欲求だとか企みだとかって口汚い感じで言ってしまうとそんな感じかもって有り様なんですけれども、それって所詮生きる為の、商売人として生きる為のまったく正常な意欲だとか欲求がさせることなのであって全くたくましく積極的な取り組みであることに違いないわけです。

口汚く語りたがるようなことなんかではまったくないわけでもって。

 

セミナーとかコンサルだとかって、わたしもなけなしのお金少々ぶっ叩いて怪しんだか頼もしいんだかよくわかんないつまり正味なハナシ ”胡散クセえな” って真っ先にくる感情噛み殺してようやくぶっ叩けるはずのその扉を確かにぶっ叩いたことは何度かあるのですけれどもつまりつまり、そんなこんなを全く芯食ってない段階からみちみちとぎちぎちと読みづらい文章に落とし込みたがってる辺りからもうバレバレってハナシなんですけれどもようするに……

 

十把ひとからげ。

 

この歳になってもつい近頃でさえ ”もっと素直になりなさい” なんて大して年の頃も変わらないちょっとだけ先輩みたいな人にいとも容易く見抜いたみたいな風に言われちゃったりするタチのわたしなんかにしてみたら、例えば ”SNSの有効活用” みたいな一歩進んでますみたいなセミナーに参加してやたら快活な感じアクティブな感じでもって事実結果も出してる指針の太陽みたいなセミナー講師の方々にすっかりその気にさせられて触発されて ”さあ、何でもいいんです一言でもいいんですあなたらしい一言をあなたらしく呟いてみて下さい一行だっていいです楽しんで呟いてみてください” って、”最高ですかっ?” ”最高ですっ” っていつかのアレとさほど変わらないようなテンションでもって瞬間最高ツイート率発動みたいにタイムラインに全く知らない見たこともない人人人のそれを善良的にリツイートしまくった太陽講師の方々のつまり引用ではないタダのリツイートばっかでわたしのタイムラインぎっちぎちっていう有り様に陥ってそのすっかすかみたいな有り様ほわっほわに浮かれたばっかの有り様に速攻で吐き気もよおして嫌悪ハンパなくてああ何てことだろせっかく満更でもないつもりでいたはずの太陽様たちを脊髄反射の勢いですっぱすっぱフォロー解除するみたいなことがつい近頃あったりしたりしてなんかして。

 

SNSを活用しないのは、存在しないことと同じ”

 

全く同意するし、その手段は一様にあたえられているわけなんだしつまり、とても現代的な常識だって思うワケです。

 

例えば、”売れるPOP” から ”SNS” 

 

手法が変わっただけで、そこに群がる有り様はいつだって同じなわけで、それを起こした人物の隆盛はそこここに溢れているんだけれども、それに従うことで同じ領域に踏み込めた人っていうのは案外稀だったりとか。

っていうことが、そういった手法の嘘を証明してるとかそういうことを言いたいのではなくて、いつの時代にも出っ張る為の手段は何かしらあって、それをものの見事に実践できる人も必ずいてそれは間違いなく魅力的な有り様でさえあって人人人を集めるわけであって、でもそうしたあたりから本来の手段だったはずのものそのものがいつの間にやら目的に化けてしまうとかそんな風に見えてしまう感じ、誤解なんだろか。

 

”楽しかったー” ってみんなが一様につぶやいて、その生産性ばっかが目的の終着を白状してるようにしか見えなくて吐き気を思いついたのかもしれなくてつまり、その日ばっかしかあの異様なリツイート渋滞は起こりえなかったわけでそれは太陽様の建前とかそんなことではなく、手段を知ったはずのそれぞれの有り様のハナシなんであってつまりつまり、目的ってなんなんだとかつい生意気なこと思いついてしまったりなんかして反発するばっかの馬鹿が何言ってんだってハナシですつまり。

 

知らないなら知ってる人に聞くのが手っ取り早いんだけど、その結果 ”十把ひとからげ” みたいに見えてしまうのって知らずにいることと何が違うんだろか? なんて怠け者が思うのはただの言い訳だとか。

 

同じ環境や効果や目的の中にあって、示された方向にこそ向かいたがることはまぎれて消えることと大して変わらないんじゃいのかって全く不確定且つ沈没願望みたいなことばっか吐きたがるわたしはまぎれる資格さえないのかもなんだけどいいじゃんか、読みづらくてくだらなくて胡散臭い見栄ばっかの長文ダダ漏らせて奇特に見られたっていまのところそんなんばっかでしかあり得ないんだから仕方ないじゃんかってつまり、北風と太陽のしかも北風っぽい感じ不利な感じばっかに向かってのしのしと歩を進めている気がしないでもないのだけれども気にすんな、明るい装いとかポジティブとかって催眠より明るい退廃とか投げ捨てるような素直だとか諦めたがる品性だとかってつまり余程自覚しやすい正直ばっか生きてやるって毎日思ってるわたしは全然暗くないつもりで暗いことばっか白状しまくりますこれからも。

そういう明るさだってアリでしょ、ってそんな感じでもって。

 

 

よって集って似通ったツイートばっか晒しやがってそんな満足とかアホかって全然普通に思う。

鈍感かよ平和かよ、って思う。

そんな THE長文読みづらい馬鹿。

 

 

暗いな、と思ったならウチに来たらいけません。

ブラックライトみたいなもんです。

 

 

 

かしこまれません

知らないなら知ったほうがいいんだし、それは必要なことならってもちろんそういうことなんだけれども、何なら自分ばっかであれこれと試行錯誤するよりも手間掛けるよりも、すでに知ってる人結果だしてる人がいるのならその人に教わってしまったほうがそういう素直な態度を示したほうが早いのに決まってるじゃんか近道に決まってるじゃんか早く次の場所に向かえる進めるじゃんかって、そんなこと誰でもわかるわけですよ。

 

 

どんな界隈にもそんな景色はまったくありがちなことでもって。

 

 

 

そういうの、苦手なんですよ。

多分みんな。

 

つまり多分、そういうのわかりながらそれにしても頑張ってしまう頑張れてしまう人たち、っていうかそういう有り様に触れることが苦手なんだな、多分。

 

自分で何かするっていうのは思いのほか楽なことではなく、自分から脱線したくせにサラリーって呑気でいいよななんて失礼なこと今でもたまに思ってしまうんだし、でも何のことないです、少しでも窮屈な場面に触れるとすぐに思いついてしまうんですもの、”こういうのムリ” とかって明け透けにダメな感じの自分とか。

 

 

動機は様々なんでしょうけれどもセミナー的な、そういうの誘われたりすることはこういった商売をしていると要するに少なくないんですけれども、時々乗ってみたりそうでもなかったりまあ、その時次第みたいなことばっかでもって。

 

いつも思うことは共通なことでもって、”言われたこと教わったことちゃんとやったなら、それなりに何かあるんだろな” ってことなのだけれども。

 

やったことないです。

 

それって一番ダメって、どこでも言うわけです当たり前。

わかってるっつうの。

 

やりたくないからやらない、っていう全くの正直さ自分らしさばっかでもって拒否しまくることばっかの人生なんですけれども、そんな感じを ”逃れ癖” とか呼んでしまったものなら例えばわたしの人生なんかわかってるんだけれどもそれにしても、”まったくのクソ” になってしまうワケで。

 

ものすごく反感を買う言い方をするなら、”やりたくないことはやらない” っていう図々しさを生意気さを馬鹿っぽさをそこそこ実践してきた結果が今日の自分っていう立ち居ちなんだとさっぱり受け止めているんであって、今日も商売的には大した期待感なんてあったもんじゃないぜ参っちゃうぜ、だからって今日は新しい機材が届く日だから個人的趣味って目線においては期待感モリモリの今日だぜ、ってことにもなるわけでつまりそれってどうしょうもなさとかそんなあるがままってことなわけでもって、そんなショボさすら通用しない貫けない威力なら端からそんなもんこの世にあったもんかよ寝ぼけてんのか気合い入れろ根性ナシがよ、っていい加減だけれども自分励ますことばっかは得意なつもりでいるわけでもって。

 

 

”はい、かしこまりましたっ”

って、みんなで唱和するとある集まりがありました。

っていうかそんなもん、ものすっごくありがちなわけなんですけれども。

みんな感じイイ人ばっか。にこやかな人ばっか。

とてもキャッチーなデザインの距離感ハンパなく近い感じの名刺交換から始まってわたしはこんな何者ですなんて自己紹介からのあなたはどんな感じなのどんな風に頑張ってんの何ならこんな感じで一緒に分かち合っていこうよ肩組んでいこうよ、ってそんなスタート地点っていう積極性。

 

学びの気配。

一様に。

 

すっごい良くしてもらって学ばせてもらった気がして気分もけっこうアガったりとかしたのだけれども、所詮ぶっちぎっちゃうんだな、わたしなんてば。

これずっとやってくのかよ。

って思ったら、所詮、すぅーって冷めちゃう覚めちゃう醒めちゃう何か思いついちゃったらもうアウト。

 

で、今日も期待感薄っ、とかいってるなんてアホなんじゃないのかと。

 

 

基本、たたき上げみたいなばっかできてしまったものですから。

何も知らないで床屋さんで働き出してツマンナイなって生意気なこと思いついてしまって、そこから地獄の始まりだったのかしら。

何にも知らないで美容室で働き出して見様見真似で身につけてきた技術は失敗と困惑の連続だったし恥じかいてばっかだったし、それにしても身につけたくて仕方ないモノは目の前にあってくれたから案外あきらめることとかは思いもつかずに自分なりっていう甘さとか粘り強さとか言ってあげてもいいかもしれないこととかも含めて要するに ”踏ん張ってきた” って自覚は確かにありながら、”身につけてきた” って覚えさえ持ちながら今日に至っているわけで、そこに ”期待感薄っ” なんてことを思いついてしまうことなんか所詮ただの愚痴でしかないことくらいわかっているわけだし全然本音なワケないことくらい知っているわけであって、所詮今日も昨日と同じく始められる今日であることに感謝を忘れないことくらいわかってるワケです。

自分サイズで過ごす今日っていう絶望は自分を計れる図れる明確なモノサシなんだって思えるワケです。

 

”はい、かしこまりました”

って目覚めたことナイです。

近道であるらしいのに、馬鹿なことです。

 

How to 本を読むより小説の方が好きなわたしは多分いろいろこじらせてるんだと、そんなことばっかはとおの昔に諦めているらしく後悔もないらしくつまり、”そんなこと言ってられないだろ” って先輩方に呆れられる鈍感体質らしく。

 

どうせ頑張らなければならないのに、何で窮屈な思いをしなければならないのか。

そういう子どもっぽさを、未だに抱えて生きてます。

”楽して上手くいくはずなんてない”

そんなこと知ってるっつの。

誰が楽に行きたい生きたいなんて言ったかよ。

楽して何か仕出かして何が嬉しいんだよアホかそんなことくらいわかってるっつのってこちとら言ってるのに。

どうせ頑張るのに、頑張った結果 ”ね、言うとおりにしといてよかったでしょ” なんて顔されたくない。

”先生のおかげでわたしたちは……”

わかってるっつの。

先生って呼びたい存在くらい自分で見つけるっつの。

感謝するっつの。

 

 

わたしんちで使ってるシャントリとか薬剤を発案開発された先生はものすっごいお金持ちです。

何かだまされてんじゃないのかと思うくらい。

もちろん、材料として決して安くもないんですけど。

でもわざわざそれを使いたがるのは所詮自分のせいで、その先生に薦められたわけでも誰かにそそのかされたわけでもなく自分でこれしかないと思っただけのことであって、だからってやっぱ大したものです、そういうものに辿り着くまでには色々迷ったり高い勉強代払ったりそれにしてもすっかりワケわかんなくなったりってつまり遠回りしてしまったんですけど、やっぱ勉強になったなあ、ってその価値とか実感が自分の中でハンパないわけです。

勉強嫌いなわたしが知りたくて知りたくて仕方ないその目的ばっかの仕組みを、つまり髪についてばっか知ることをその材料は使う者に要求するわけでそこに儲けだとかビジネスモデルだとかって胡散臭いことは一切なくて、ただひたすらにあるのはやるべきことをその仕組みから知って知りながら取り組める自覚とか実感ばかりなんであってつまり、わたしたちみたいな職業は所詮技術屋だから、結果を見ることが何より楽しい、嬉しいわけです。

ディーラーさんに薦められてただそういうものだと新しいものだからイイとかそんな感じばっかで言いなりに使っていたその仕組みも効果も知らずに知った風でいたそんなかんじとは全く違う、自分はこういう仕組みを心得た上でそれに相応しい薬剤を適切な効果を狙って施術してその結果こういう仕上がりになりました、っていう成功も今ひとつっていう仕上がりもそれぞれに理解出来る上で受け止められてさらに次につなげられる期待できる思い付けるそういう喜びさえ思いつけるっていう、そんな満たされ方。

 

そんなモノをただひたすらに一途に発案開発された先生が人並みはずれてお金持ちっていうのはまったく当然のはずで、満たされたカタチが例えばお金に見えてしまうのは結果しか欲しがらない種類の人たちの誤解でしかなくてつまり、こんな片田舎の一スタイリストさえその目的ばっかでこんなにも充実した気持ちを与えてもらえるっていうつまり、そんな満たし方を振舞った結果のご褒美ってことなんだって、その一途さこそが満たすわがままの壮絶な正しさこそに感謝せずには憧れずにはいられないわけです。

 

”はい、かしこましました”

 

対面でそんな一途さすら表現できないわたしにも、わたしなりの一途さをちゃんと表せる手段がないわけないと勝手に思ってます。

それを失敗とか成功とか、儲かるとか流行ってないとか考える目的は自分の中には案外なくて、自分で思いついた目的だとかそれを裏切らない正しさとかそれに適うものだとかそんなものばっかを信じまくって貫きたがってばっかでこそ過ごせる ”期待薄っ” っていう今日を期待感満々で歯を食い縛りながらそれにしても楽しく過ごしたい。

 

苦しさはつきもの。

 

例えばそういう正しさ当たり前さは確かなんだと思うのだけれど、近頃は例えばそんなモノを結果論でしかないっていう冷静さでもって裏切らない価値観を認めることもありなんだって、むしろそういう明るさたくましさでもって臨む挑む目線って完全に市民権を得てきているって個人的には思ってるわけです。

 

苦しさ求めて雪山に登る人はそんなにいないんじゃないかって、例えばそんな明るさ。

やりたいことをやろうとして、何で挑む苦しさこそを第一義に据える必要があるのか。

そういう疑いを毛嫌いしたがる排除したがる種類の取り組みにわたしはまったく組しないです。

それを間違いだと非難されてもまったく構わないのだし、勝手に生きるっていうことはそれを許容しても許されるだけのことを自ら担保する生き方なんだと思っているし、関わってくれる方々への感謝を忘れずに入ることは常から心掛けるのだしそれを邪魔する疑わせる種類の人を排除することさえ辞さないのだしそうして ”勝手” なる清潔とかを維持してこその関わりだとか充実を知りたがるのだし。

 

だから今日も、誰かのせいなんかじゃない自分の今日を頑張ろうと思ってます。

 

 

 

 

 

ばっか

押したら押されてくれるからドアって開くんでしょ、って例えばのハナシ。

押す、っつことと押されるっつ景色。

 

それはどっちからの視点なのかって見方とか冷静さ、なんてつまりしたたかさみたいなモノは確かにあるべきはずで、そんなモノを一方から複眼的に眺めようなんて欲張りなことを思いついてしまったものならそれにまつわるあらゆるあれこれを秒殺の勢いでもって見失いかねないつまり思いつくだけムダとかものすっごく平凡な景色にこそ秒殺される庶民性とかまんまと発揮してしまうのではないかとかなんとか今朝も朝から何言ってんだかさっぱりわかんないですよねおはようございます。

 

 

わたしんちの縮毛矯正の1剤は軟化してくにゃくにゃとか、そんな感じにはなりません。

リングコームの柄にほっそい毛束を巻き付けて反発しなかったらオッケー、とか昔やってたみたいな判断基準とか全然クソの役にも立ちません。

クスリの強さなんかも随時わたしの私見的判断のみに基づきまして調整するんですけど、所詮 ”勘” でしかありません。

 

 

”1剤で髪のタンパク質の結合を解いて、ロッドやアイロンなんかで意向のカタチに髪を誘導して2剤で再結合させる。”

 

 

平たく言うとパーマって縮毛矯正ってそれだけの仕組み。

それを元よりシンプルな仕組みで、出来るだけ髪に負担を掛けないようにするためにたくらむことやらは様々あるんですけどそんなことここでひけらかしたところで全然クソの役にも立たないし所詮受け売りでしかないことさえわかってるから心配すんなわかってるってば。

 

すっごいわかりづらいことを単なる ”勘” に任せてやることは無責任なんだろか。

例えばわたしなんか今のクスリを使い始めたころなんか全然クセ伸びなくて文字通りアタマ抱えちゃったわけです。

”何これ。全然伸びひん”

幸か不幸かいや多分幸ではないのだけれどもウチのムスメちゃんたらわたしにそっくりですっごいクセ毛なもんだから体よくわたしの実験台ですよ可哀想にってさすがに申し訳なかったからわたし自身も実験台になったりとか知人に犠牲になってもらったりとかしてようやく基準みたいな線引っ張ったつもりでいるんですけど、おかげさまなのかただの偶然のなのか結果は良好だしそのくせ肝心なムスメちゃんのクセばっかは完全に伸ばしきれたことが未だにないとか人類の精神世界っていうつまり単純な力みみたいな愚かさとか常々思わずにいられない感じなんですけどつまりつまりそれも引っ張った基準のウチとかそんなことにしておいてベクトルの作用点が一先ず店とかにあるならそれでいいじゃんか、なんてわたしっていう私見ばっかの基準ながめてクセ伸ばしてる伸ばさせていただいてるわけです常にバクチですとかなんでそんなことばっか正直なんだろとかもう憚れない止まらない。止まった。

 

 

わたしのごく私見的基準 ”内緒”

 

 

ありがちな感じとして、プレミアムやらウル艶だとかってグレード分けて何種類もストレート売ってるお店さんとかあるんですけど、アレって何なんだろかってわたしなんかアホみたいに首傾げるしかないんですよね。

世間知らず?

そりゃそうさわたしってば独りなんだもの公私共にぼっちなんだもの全然モテないし猫さえあんまり懐かないしこんなに可愛がってんのに抱っこしてスリスリするとスウェーで避けまくるとかお前ボクサーかよいいやただの猫だぞふざけんな可愛げ見せやがれ魅せやがれ可愛いなあってなんだか悲しくなってきたけど大丈夫わたしは所詮あんまり恋に堕ちたくないタイプつまり精神的ケチだとかなんだよやっぱ所詮最低かよと悲しいなあ惨めだなや。

 

無知は罪ナリ。

 

心配すんな、自分が所詮最低だっつことはしかと受け留めたっつの。

しかもわたしの ”ごく私見的基準” はひとつばっかだから、それを無知とかって罵られたって所詮それ以上何も出てきやしないぜ罵り甲斐なくてすまんな価格設定さえひとつばっかだぜ薬剤の使用量ばっかは追加になっちゃうんだけどもよってことなんだけれどもつまりパーマや縮毛矯正なんて所詮仕組みはひとつばっかだぜってハナシしてんですけどわかってますか?

 

余分にお金積んだら余計にさらさらになりますとかウルウル艶々になりますとかってつまりケチなこというならこっちも手加減しちゃうぜってことなんだろかそれともお客様こそその程度でいいですあたしなんかってば所詮そんなもんですなんておしとやかさでいるんだろかブスになりそうだから気をつけなよねそんな品性とかって嘘なんかってばさ。

 

 

余計に髪をキレイにする方法とか、そんな仕組みそのものには出会ったことないでもないんですけど、個人的には相性よくなかったみたいで三ヶ月とかそんな程度のお付き合いだったような記憶でいます元カノのハナシとかじゃないよでも感情的には似てるとかそんなハナシではあってもいいかなとか。

 

所詮仕事なんですけど、恋するようなつもりで手に入れていきたいもんだ、みたいなことは柄にもなく思ったりしないでもないんですけどつまり、 ”ひとつばっか” ってのはわたしにとっては思いのほか重要だし説得力とかそんな厳かさではないけれども案外似ていなくもないつもりとかそんな感じにおいて殊更に重要なつもりでいるんだしいちいち面倒掛けて手に入れたがったものについて思う自分ばっかの安心とか自惚れぎみに言ったなら例えば自信とかってモノは所詮見ぐさいものでしかないのかもしれないのだけれどもそんなモノこそがわたしなんかには案外 ”責任” とかそんな胡散臭い正義みたいなもののようにこそ思えてしかたないらしくつまりつまり、商売向いてないんじゃないの? なんて使い古された積極性社会性なんて知るか勝手にしろとかってそんな生意気さにおいて気に入ってんだよオイラはよ、なんて急に江戸っ子とか最近あちこち飛び回るんだねこのまえってかさっきも関西飛んでたよねなんてどうでもいっかつまり結構気に入ってるっつハナシなんです長ぇーよと。

 

ご近所ではないけど毎日見掛けるプチご近所のとあるラーメン屋さんがリニューアルっぽくラーメンばっかじゃなくてカレー、カツ丼、ラーメンみたいな看板に架け替えてあれ、食堂転身? みたいな感じになってたんですけど、武器増やしたぜって勇者感でもって邁進ってことらしいから毎日見掛けてるばっかのわたしなんかただ ”がんばれ頑張れオイラも商売人だから気持ちとかすっげわかるし” なんて傍迷惑な声援ばっか心ん中ばっかで声にも出ないケチ臭さでいるんですけれども同じくらいの心持ちでもって ”わたしは武器減らしてこうって思ってんですけどね” なんて冷たさこそバンバンだだ漏らしてばっかなんですけどそんな時代っつことらしいからわたしばっか責めるのとか勘弁してください自営業は自由業なんだぜ少なくとも精神的にはよってつまりいい加減かつそれぞれの必死さとかそんなハナシだからサラリーには所詮わかんねえだろなって死んだらいいのに発言ついに発動そろそろ終わりにしとこうヤバイヤバい。

 

 

どっちでもいいから正体明らかにしてこうよね所詮お客さんと生きてくんだからさ、ってひとつばっかの目的に対していくつモノ答えやらカタチがあってもいいじゃんかそんでもってわたしはわたしっつうひとつの目的の中のひとつってことでいいじゃんかって、そんな嘘くさい大人らしさとかでちゃんと〆たっていいじゃんか商売人はお客様に ”おあいそっ” って呼びかけられて初めてお仕事完遂なんでしょってそれって田舎の食堂とかそんな感じなんじゃないのすまんなこちとら所詮いい加減だっつの。

 

”お愛想”

 

漢字にしたらこんな感じ? 知らないけど。

愛しく想う、とかなんだかいい言葉じゃんか偶然でも許してやるよとかそんな感じの漢字。

 

 

何を愛しく想うんだよ。

 

 

商売ってそういうことばっか要求されてんじゃないかとか、柄にもないこと思わないでもないんですよ所詮性格地味なもんで。